祭りの写真など

太鼓台の担ぎ唄について、その他編

「太鼓台の担ぎ歌・囃子唄について」 http://hatotetsu.blog89.fc2.com/blog-entry-1110.html という記事を2017年に書いてからちょくちょく書き足してはいたんですが、煩雑になってきたので地域別に記事を書こうと思います。
この記事では堺、泉州、大阪市以外の地域の唄、および太鼓台担ぎ唄とその元となった尻取り唄についての資料を記述します。

まだ調べてない文献も多いので追記すると思いますが、とりあえずそこそこの分量になったので公開します。(7月11日)
大阪市編は夏祭りが終わるころに書き上がるかもしれません。

枚方市
意賀美神社:秋祭り10月連休の土日

弁慶は
東(あずま)のお国のその寺で
七つ道具を背なに負い
五条の大橋(おはし)の真ん中で
エーラエーラエラサッサ
牡丹に唐獅子竹に虎
虎追うて走るは和藤内
和藤内お方に知恵貸そか
知恵の中山清閑寺
清閑寺の和尚さん坊さんで
坊さん蛸食うてへどついて
その手でお釈迦さんの顔撫でた
お釈迦さんも呆れて飛んで出た
エーラエーラエラサッサ
 枚二校区コミュニティ協議会広報「礎(26号)」2016/12/15発行 https://www.city.hirakata.osaka.jp/cmsfiles/contents/0000004/4007/91384.pdf より引用




奈良県吉野郡吉野町
夏の蛙とび行事と秋祭りで太鼓台が出るが、「虎追うて走るは和藤内~」の歌が歌われる。吉野にちなんだ歌詞が追加されたり、変わっていたりする。
・吉野山秋祭り:10月連休の土日
3台ある布団太鼓のうち1台が堺型ふとん太鼓
参考動画:「2014.10.19(日)・吉野山秋祭り・ふとん太鼓「上町(ろ組) 」「中町(三丁組)」「下町(の組)」(奈良県吉野町)」https://youtu.be/W7qUbg2NyDg

・蛙跳び行事:7月7日
参考動画:「金峯山寺 蛙飛び行事 布団太鼓のお練り」 https://youtu.be/JxI3uVvZBy4

牡丹に唐獅子 竹に虎 虎追うて走るは和藤内
あとないお方に知恵貸そか 知恵もって説くのはまことなり
なりはボロでも錦かな にしきかなうは吉野山
山にさかるは白い花 花咲く旅路は山桜
桜山には神宿る 宿る神様権現さん
権現さんにええ知恵もろたろか 知恵の中山蔵王堂
蔵王堂のおっさん坊さんで 坊さん蛸食うてへとついた
 (2018年7月7日蛙飛び行事にて聞き取り。漢字は筆者が適当に充てた)


吉野山秋祭りの太鼓台の唄もほぼ同様



和歌山県日高郡みなべ町
鹿島神社
芝崎のふとん太鼓:隔年で参加
拍子は同じだが歌詞は異なる。掛け声はエーンヤ、エーンヤ、エンヤサッサ。
参考動画:「鹿島神社秋祭り 芝崎のふとん太鼓」 https://youtu.be/wCf_41htCcE


香川県三豊市
箱浦太鼓台の唄 現在、祭りは休止している。

ヤレモテサンヤノドッコイショ
(太鼓)トントントン・トントコトッテントン
 ヨイヨイヨイ ソリャ ヨイヨイヨイ
(太鼓)ドドスコ・ドドスコ・ドンドコドッテンドン
 ヨヤマカショッショ ヘラショッショ
(太鼓)ドンドコドッテンドン
ヨイヨイヨイ ソラ ぼたんに唐獅子 竹に虎 (ヨイショ)
虎追うて走るは和唐内 (ヨイショ)
和唐内人には杖かそか (ヨイショ)
かすかに見えるは淡路島 (ヨイショ)
島のナアエー 財布にゃ ヨーオイソーラー 金五拾両
ソラソラヤートコセーエーヨーイヤナー
ハリワイセー コリワイセー ソラ ヨイトコセー
(アー オシタ オシタ オシタ オシタ)
  「ねずみや 香川県観音寺市柞田町黒渕」の唄を紹介するページから引用 http://www5b.biglobe.ne.jp/~kunita19/uta.htm






尻取り歌関係の資料集
太鼓台の担ぎ唄のルーツは江戸後期から明治期に流行った尻取り歌で、跡付とも言われます。上方(京都・大阪)、江戸で流行していたことが江戸後期の著作『皇都午睡』などから分かります。


西沢一鳳 『皇都午睡』
江戸時代の歌舞伎作家の西沢一鳳が著した、江戸や上方の風俗や慣習について書かれた本。初編に尻取歌が載っている。
NDLデジタルコレクションでは三編は閲覧できるが初編は閲覧できない。
早稲田大学図書館古典籍総合データベースで閲覧可能(ただし写本。11番の画像に「尻取後付」の項目あり)→ http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/i05/i05_00664/index.html
「尻取跡付」より

上方
稲荷の鳥居に猿の尻 のしりのしりと上下で
下の関までおおせおせ お関が弟は長吉で
長吉長吉あばばにつむてんてん
天々天満の裸巫女 みこか戻ろか住吉参り
参り下向の足休め すめの判官盛久は
久松そこにか冷かろ たかろは船頭の松右衛門
えもん繕い正座する するがに浅間富士の山
下略


「粘頭続尾」より

今浪花祭礼に御輿太鼓を舁く掛け声となるは
 近江に石山秋の月 月に村雲花に風
 風の便りを田舎から 唐をかくせし淡路島
 嶋の財布に四五十両 十郎五郎は曽我の事
下略


・下の関までおおせおせ:「押せ押せ下関までも」の類の言葉は相撲甚句などでよく使われる。下関は北前船・西回り航路の経由地。
・お関が弟は長吉で:人形浄瑠璃・歌舞伎の『双蝶々曲輪日記』の登場人物
・長吉長吉あばばにつむてんてん:「ちょちちょちあばば おつむてんてん」という赤ん坊のあやし言葉にかかっている。
・みこか戻ろか住吉参り:尻取り唄では少し音が変わるのは許容されることがある。「行こか戻ろか住吉参り」ということ。
・すめの判官盛久:平家の侍、主馬(しゅめ)の判官盛久。能楽、浄瑠璃等の演目になっている。
・久松そこにか冷たかろ:菅専助の浄瑠璃「染模様妹背門松」の「蔵前の段」にて、雪の夜にお染は久松が閉じ込められた蔵へ行き声をかける。「久松そこにか冷たかろ、さぞ寒かろ。」(参考:「仮想空間 染模様妹背門松 質店の段 蔵前の段」 http://tiiibikuro.hatenablog.com/entry/2016/12/30/%E6%9F%93%E6%A8%A1%E6%A7%98%E5%A6%B9%E8%83%8C%E9%96%80%E6%9D%BE_%E8%B3%AA%E5%BA%97%E3%81%AE%E6%AE%B5_%E8%94%B5%E5%89%8D%E3%81%AE%E6%AE%B5
・たかろは船頭の松右衛門:逆櫓(さかろ)は船頭の松右衛門。逆櫓とは櫓を船の前部に立てる事。松右衛門は歌舞伎「ひらかな盛衰記」の「逆櫓」の登場人物で摂津福島の船頭。



喜田川季荘『守貞漫稿』
江戸後期の上方と江戸の風俗などが記された書物。
NDLデジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2610250
また国文学研究資料館の故事類縁苑データベース(http://base1.nijl.ac.jp/~kojiruien/)の歳時部 節分の項目に『守貞漫稿』から「厄拂」の部分が抜粋されているので見ることができる。
巻27「厄拂」より (NDLデジタルでは巻27の43コマにあり)

アヽラ、メデタイナ、メデタイナ、ダンナ住吉御參詣、ソリ橋カラ西ヲナガムレバ、七福神ノ船アソビ、中ニモ夷ト云人ハ、命長柄ノ棹ヲモチ、メギスオギスノ糸ヲツケ、金ト銀トノ針ヲタレ、釣タル鯛ガ姫小鯛、カホドメデタキオリカラニ、イカナル惡魔ガ來ルトモ、此厄ハラヒガヒツトラヘ、西ノ海トハオモヘドモ、チクラガ沖ヘサラリ




峰尾格(1934)『民謡の和泉』
国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1439698
p29より。

すみよしの
四社の前なるそりはしに、
中の高さへ、こしかけて、
沖をかすかにみはらせば、
八幡太郎の一の船、
船は白金、櫓は又黄金、
綾や錦の帆に、
きんらんどんすの幕を張り
中に十二の船子供、
おもふ港へ、いそいそと。
注記)神楽歌様であって、一般に手毬歌や子守唄や其の他の労働歌にも歌はれるに至ったものである。


同じくp183より。

(囃子)ベーラベーラベラショッショ
石山寺の秋の月 牡丹に唐獅子竹に虎
虎追ふて走るは和藤内 和藤内御方に智恵貸そか
智恵の中山清閑寺 清閑寺のおっさん坊さんで
坊さん蛸さん幽霊さん 卵のふわふわあがらんか
けふは精進あしたにしよ
注記)前句をうけて次々に説明して、歌を変化進行せしめようとするものか。




上田長太郎(1937)『上方叢書第2篇 大阪の夏祭』
大阪の夏祭りについて多くの事が書かれている。
NDLデジタルコレクションで閲覧可能  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1461805
p57より太鼓勇め唄。太鼓の由来を歌っている。

そもそも太鼓の始りは 昔むかしその昔
神代の昔お伊勢様 天の岩戸へ隠れましょ
その時末社の神達は 岩戸の前に集まりて
笹に鏡をつり下げて 多くのとりを鳴かしける
猿田 鈿女(うずめ)の両尊(みこと) 太鼓をたたいて舞い給う(たもう)
ひとしおお気にいらせられ 岩戸を再び出で給う
これぞ神楽の始めなり
エイヤ エイヤ ヨササッサ


p59より難波八阪神社の御迎太鼓(酒梅の太鼓)、宮付き太鼓、子供太鼓などの唄

牡丹に唐獅子 竹に虎
虎追うて走るは和藤内
わとないお方に知恵かそか
知恵の中山誓願寺
誓願寺の和尚さんぼんさんで
ぼんさんタコ食うてへとついた
エヤホーノ エヤサッサ


p3より、難波八阪神社の太鼓が歌っていた唄の一部。伏せ字部分に入るのはかわらけ。

隣のおかゝも……で、向ひのおかゝも……で、……同志が喧嘩して、どっちもけがない




このはなお宝プレミアム検討委員会(2013)『このはなお宝プレミアム』 発行:大阪市此花区役所 
pdfファイル:http://konohana-tourism.jp/wp-content/uploads/2018/01/e95314312ed8924987193999e0da5849.pdf
p13に伝法のふとん太鼓の歌が引用されている。典拠は南上太鼓HPだが、このサイトは2017年時点で見れなくなっている。

行こか戻ろか住吉の
四社の前なる反れ橋
上がりて沖を眺むれば
七福神の楽遊び
中にも恵比寿さんという人が
金と銀との釣竿で
黄金の御針で鯛釣った
鯛釣ったおかげでかか貰うた…(以下省略)




上方郷土研究会/編(1931)『上方―郷土研究―』創刊号
大阪童謡集の項より

地車曳
○えーらほうら、えつさのさ、
牡丹に唐獅子竹に虎、竹持って走るはまともない、
まともない御身に知恵かそか、知恵の中山千願寺、
千願寺のお住様坊さんで、ぼんさん蛸食うてへどついた




山中啓祐己(1986)『堺・布団太鼓盛衰記』
「堺市立図書館 電子図書館」で閲覧可能→ https://www.d-library.jp/SKI01/g0102/libcontentsinfo/?conid=161867
p79の布団太鼓舁き唄より

石山の秋の月 月にむら雲花に風
風のたよりは阿波の島 縞の財布に五両十両
ゴロゴロ鳴るのは何んぢゃいな 地震かみなりあと夕立
大寺の八朔雨ぢゃいな
ベェーラ・ベェーラ・ベラショッショイ

月にむら雲花に風 風のたよりは阿波の島
縞の財布に五両十両 ゴロゴロ鳴るのは何んぢゃいな
地震かみなり火事オヤジ 死んでも命のあるように
ベェーラ・ベェーラ・ベラショッショイ

牡丹に唐獅子竹に虎 虎追うて走るは和唐内
和唐内お方に知恵貸そか 知恵の中山清閑寺
せいかんの和尚さん坊さんで それゆえ八朔雨ぢゃいな
ベェーラ・ベェーラ・ベラショッショイ

<芦原浜独特の舁き唄を紹介しよう> (作詞:H氏) 筆者注:個人名はイニシャルに変えた。
芦原浜の若衆は 朝の早ようから浜に出て
風の吹く日も浜に出て 雨のふる日も浜に出て
エビに鰯にサルボウを お船いっぱい漁をして
手々かむイワシと売ったとさ
ベェーラ・ベェーラ・ベラショッショイ

芦原の太鼓はいい太鼓 赤いふとんに金の締め
波打ち踊る白い房 五段の下には彫り物が
黒く光って花を添え 四面にゃ恐い面のある
泉州一のいい太鼓
ベェーラ・ベェーラ・ベラショッショイ

<泉州路地車曳唄と共通のもの>
石山の秋の月 牡丹にからしし竹に虎
虎追うて走るは和唐内 和唐内お方に知恵貸そか
知恵の中山清閑寺 清閑寺のおっさん坊さんで
坊さん蛸さんゆうれんさん 卵のふわふわあがらんか
今日は精進 明日にしよ


泉州の地車も曳唄を歌っていたことがわかる。


大阪春秋社『大阪春秋』第7号(1975)
宮本又次「大阪のまつり風土記」より
難波神社の唄

稲荷の鳥居に猿の尻 尻と尻との押し合いで
おせおせおせきの弟は長吉で ちょちちょちばばばのおつもてんてん
てんてん天満のはだかんぼ 行こか戻ろか住吉の
住吉浜辺の高灯籠 上って沖を眺むれば
七福神の船遊び 中にも夷という人は
金と銀との釣竿で 黄金のお針で鯛釣って
釣ったお陰でお嬶もろて……

牡丹に唐獅子竹に虎 虎追て走るは和藤内
わとないお方に知恵貸そか 知恵の中山せいがん寺
誓願寺の和尚さん坊さんで エーラホーラエヤサッサ


難波神社氏子には材木商があったので競って良い木で布団太鼓を作った。そういう町では「富田屋町の太鼓には紫檀黒檀たがやさん……」という歌も歌ったとのこと。

近江の石山秋の月 月に叢雲花に風
風の便りは田舎から 唐をかくせし淡路島
縞の財布に四五十両 五郎十郎曽我の事
らいしは嵐の三五郎 ゴロゴロ鳴るのが雷で
エーラホーラエラサッサ


上の唄は布団太鼓以外に、御霊神社の夏祭りで瓦町三丁目の子供武者行列で神楽を奏すときにも歌われた。

引用した歌詞については『上方-郷土研究-』の何号か忘れたが初期の夏祭り特集号にほぼ同じものが載っていた。



与謝野晶子(1911)『住吉祭』
青空文庫で閲覧 https://www.aozora.gr.jp/cards/000885/card2549.html
与謝野晶子(1878-1942)は堺の甲斐町(現在の堺区甲斐町西1丁-1)にあった和菓子屋「駿河屋」の娘として生まれ、1901年6月に与謝野鉄幹を頼って東京に移り住むまでは堺に住んでいた。
文中に「……近く迄来た地車のきしむ音がした。 牡丹に唐獅子竹に虎虎追ふて走しるは和藤内 こんな歌も聞こえて来た、……」とあるから、与謝野晶子が堺に住んでいた当時の住吉祭では堺で地車が曳行され、現在の堺の布団太鼓の唄と同様の唄もすでに歌われていたことが分かる。当時は秋祭りより夏祭りがメインだった。
この小説の底本「精神修養」1911(明治44)年8月号の発行当時、与謝野晶子は東京に住んでいたことになる。
1896年の住吉祭で堺の地車騒動が勃発し、以降は堺では地車曳行が一切禁止になっていることから、この小説で描かれているのは1895年以前の住吉祭の情景だと思われる。
※住吉祭は摂津国一之宮の住吉大社の夏祭り(夏越大祓の祭り)で、現在も大和川を渡って堺の宿院頓宮まで神輿の渡御が行われる。明治9年(1876)に摂津と和泉の境界が大小路から大和川に改められ、神輿渡御が中断した時期があったが明治12年(1879)に地元の強い要望で復活している。
参考サイト
「東京紅団 与謝野晶子を歩く」http://www.tokyo-kurenaidan.com/yosano1.htm
「堺まつりふとん太鼓連合保存会 堺における練物の歴史」http://www.be-rabe-ra.com/mame.php
「安儀製餡所 与謝野晶子とその実家」http://blog.yasugianko.com/e207616.html
村田幸雄「 大阪の御旅所めぐり」https://www.osaka-kentei.jp/pdf/2018/osk_houkoku2018_09.pdf (大阪府立大学21世紀科学研究機構平成29年度研究成果報告書 https://www.osaka-kentei.jp/kh2018.html より)



竹久夢二(1922)『あやとりかけとり : 日本童謠集』p185より
NDLデジタルコレクションで閲覧 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/977925

い、二う、三い、四う、鎧の人形顔赤い
赤鱏(エイ)の吸い物。蛸の足。
おあし難波の南蛮寺。
なんでそんなにおしやすえ。
おしゃんす長持、挟箱、重箱、お茶箱、お供に奉る。
松明、提灯、賑かな。
にんにやだらすけ癪によし。
吉野の山は皆天狗。
天狗ちらちらちつとらや、虎屋の饅頭豆杓子。
杓子如来の釈迦の天。
釈迦の天から空覗く。
桃栗三年、柿八年、柚子が九年でなりかかる。
梅はすいとて十三年。
のみの正月、蚊の五月。


高野辰之(1942)『日本歌謡集成. 巻十二』p430(NDLデジタル http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883795)にもほぼ同じ歌詞が載っている。
「にんにやだらすけ」までの部分は生根神社(大阪市住吉区)の太鼓台で歌われる唄の元歌に近い歌詞だと思われる。



「その手で御釈迦さんの顔撫でた」の元ネタについて
前田林外 (儀作)(1907)『日本民謡全集. 〔正編〕』
NDLデジタルコレクションで閲覧 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/854973
p16より引用

能登國鳳至郡地方
昨夜(よんべ)見た見た地獄の夢を、鬼は餅搗く閻魔はちぎる。鼻欠地蔵が食いに来る。われも食いたか手伝いせ。手伝いしようにも襷がない、襷がなけりゃ、隣へ行って借って来い。隣の婆さまお茶婆さ、欠餅焼くてて臍焼いて、その手でお釈迦の顔撫でた、釈迦臭いてで鼻つまんだ


石川県では「昨夜夢見た地獄の夢を」のわらべ唄が分布していて、「その手でお釈迦の顔撫でた」の歌詞が含まれる。
他にも日本各地に「隣の婆」が「ヘソなど臭いものを触った手」で「餅や団子を作り」、「お釈迦に触ったり餅を供えたり」して、「お釈迦が臭がる」という構造の囃子言葉・わらべ唄が分布している。
大阪の尻取り唄は「ヘソ」と「反吐」がどちらも臭いものでかつ音が似ていることから「坊さん蛸食うてへとついた、その手で御釈迦の顔撫でた」となったのだろう。
参考:「NPO法人日本子守唄協会 子守唄 - ゆんべ夢みた - 金沢市三社町」http://www.komoriuta.jp/ar/A06011717.html


柴崎ゆう子(1917)『愛撫八年 : 我が児の生ひ立ち』p202長崎の手鞠唄より引用
NDLデジタルコレクションで閲覧 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/955948

五郎十郎そばのこし。おせきのおととは長吉で。ちょきちょきあははすまてんてん。すまてんてんとのりうつり。往(いこ)か戻ろか住吉の。住吉浜辺のちんの魚(うお)。ちんの魚(うお)の目方一貫八百目(はかめ)。煮て焼いて食べたらうまかった。馬から蹴られてきこえさん。きこえんさんのあたまにのみ一匹。……





ブログ「夢の浮橋」 https://blogs.yahoo.co.jp/tears_of_ruby_grapefruit
大分県の民謡等を掲載されているブログ。
「臼杵市・津久見市のわらべ唄」 https://blogs.yahoo.co.jp/tears_of_ruby_grapefruit/40522035.html より引用

手まり唄(臼杵市東福良)
☆どんどと鳴るは雷な 上の関まで押せ押せ お関の弟の長吉が
 チョキチョキ八百屋のスモテンテン テレツク様の越後獅子
 牡丹に唐獅子 竹に虎 虎追うて走るは和藤内
 和藤内の娘は智恵がない 智恵の中山 請願時
 請願時の和尚さんなのこたこで 人をだますが大名人





大栗裕作曲「大阪のわらべうたによる狂詩曲」
 この楽曲には大阪の布団太鼓の担ぎ唄として有名なわらべ歌のメロディが使われている。
大栗裕は「大阪俗謡による幻想曲」で天神囃子のリズムを取り入れたりしていて音楽好きの大阪人には有名な作曲家。



矢崎美盛(1944)『様式の美学』より東京の尻取り唄(いわゆる「江戸しりとり唄」)を引用。
<>は後ろの()と言い換えることあり。
NDLデジタルコレクションで閲覧 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1068630

牡丹に唐獅子、竹に虎。
虎を<ふんまえ>和唐内。 (ふまえて)
内藤様は下がり藤。
富士見西行後ろ向き。
むき身、蛤、ばか、はしら。
柱は二階と椽の下。
下谷上野の山かつら。
桂文治ははなしかで。
でんでん太鼓に簫の笛。
閻魔はお盆とお正月。
勝頼様は武田菱。
菱餅三月雛祭。
祭、万灯、山車、屋台。
鯛に、<鰹に>、蛸魚、鮪。 (平目に)
ロンドンは異国の大港。 (トル)
登山<駿河の>お富士山。 (するのは)
三遍まわって煙草にしよ。
正直正太夫伊勢の事。
琴や、三味線、笛、太鼓。
太閤様は関白じゃ。
白蛇の出るのは柳島。
縞の財布に五十両。
五郎十郎曽我兄弟。
鏡台、針箱、煙草盆。
ぼうやはいい子だねんねしな。
品川女郎衆は十匁。
十匁の<二つ玉>。 (鉄砲玉)
<玉屋は花火の>大元祖。 (玉屋の花火は)
<宋匠のでるのは>芭蕉庵。 (?いるのは)
あんかけ豆腐に夜鷹蕎麦。
そうばのお鐘はとんちゃんちゃん。
<ちゃんやおっかあ>四文おくれ。 (どんちゃんかかちゃん)
お暮れが<すんだら>お正月。 (すぎたら)
お正月の宝船。
宝船には七福神。
神宮皇后、武の内。
内田は剣菱七つ梅。
梅松桜は菅原で。
藁で束ねた投げ島田。
島田、金谷は大井川。
可愛いけりゃこそ神田から通う。
通う深草、百夜(ももよ)の情。
酒と肴は<三百>出しゃ気まま。 (六百)
ままよさんど笠横っちょに<冠り>。 (冠れ)
かぶり縦にふる相模の女。
女やもめに花が咲く。
咲いた桜になぜ駒つなぐ。
つなぐ髢(かもじ)に大象もとまる。
まるい玉子も切りよ<じゃ>四角。 (で)
<角に出やせぬ窓の月。> (四国九州薩摩薩摩瀉』終わり)
月に叢雲、花に風。
風に柳はわしが胸。
宗盛様は火のやまい。
家内安全、火の用心。
用人、殿様、御家来衆。
春藤玄蕃は寺子屋で。
やでやで御苦労お休みよ。
三保の松原、清見寺。
源氏の大将伊予の守。
上方見物、江戸道物。
釈迦に達磨に南無阿弥陀仏。
みたの生まれは渡辺で。
へでも嗅ぎやがれ、くそ喰らえ。
頼光保昌四天王。
天王さまは囃すがお好き。
鋤に、掛矢に、鎌に、鍬。
慈姑(くわい)は一つ十六文。
紋は九つ九曜星。
ほしいほしいは慾の道。
みじか袴になが大小。
庄ちゃん、ひょっとこ、般若の面。
めん鳥おん鳥、鳩ぽっぽ。
ぽっぽがふくれてお金持。
餅つくお祝いお正月。
数の子、勝栗、蝶するめ。
(ここで、めでたい意味の口上宜しくあって終わり)。




天沼俊一(1943)『成虫樓随筆』(国立国会図書館デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1058791
p11に「牡丹に唐獅子・竹に虎」の題材がいつごろから使われているのかという話の中で江戸時代の俗謡として尻取り唄が引用されている。どこの唄か具体的には不明だが、著者は東京出身、京都大学で教鞭をふるった工学博士とのこと。

誓願寺の和尚さん坊さんで 牡丹に唐獅子竹に虎
虎をふまえて和唐内 内藤様は下り藤
富士見西行うしろ向き むき身蛤ばか柱
柱は二階と椽の下 下谷上野は山かづら
桂文治は咄家で でんでん太皷に笙の笛




江戸しりとり唄が描かれた錦絵
・東京都立図書館蔵 市村家橘「流行しり取子供文句」
・早稲田大学坪内博士記念演劇博物館蔵 国周「流行しりとり子どももんく」
いずれもウェブ上のデータベース等で無料で閲覧可能




「江戸しりとり唄」と大阪の太鼓台担ぎ唄に代表される尻取り唄ではいくつか共通した言葉が見られるので抜粋する
・牡丹に唐獅子、竹に虎
・江戸:虎をふんまえ和唐内、上方:虎追うて走るは和唐内 
・江戸:富士見西行後ろ向き、上方:富士の山には西行さんor富士の山には さいほうし(西行法師の訛り)
・江戸:登山駿河のお富士山、上方:駿河に浅間富士の山
・江戸・上方共通:縞の財布に五十両、上方:縞の財布に五両十両or縞の財布に四五十両 など
・江戸・上方共通:五郎十郎曽我兄弟、上方:五郎十郎曽我の事 など
・月に叢雲、花に風
上方、江戸それぞれの尻取り唄で分量の割に共通した言葉の割合が小さい。
これは同根の尻取り唄が各地で歌詞の追加、削減、改変などが繰り返されたからだろうか。尻取り唄のような俗な歌は人々の間で歌い継がれて後世に伝わるから変化しやすいものである。
関連記事
  1. 2018/07/11(水) 18:27:19|
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